20130518 大野達弘 3

“だから色々地域には、その新規の人が来て、新規の人が新たなそういう地域作りやろうっていう地域がもちろんあっけっども、ここはもともといた農家が中心になって、そういう風な人たちを、どう進出できるかってことを考えながら、一緒にやってくっていうようなやり方で、だからワイン作りをしようっていうのも、あの、新規で就農したのが一人入ってるのね。だからそれは、あの、農林省のキャリア職員だった人なんだが、だからそういうような、いろんな醸造の申請事務だとか、あとはなかなか独自財源ではなかなかないんで、補助事業の申請だとかっていうのは、あの、なんとか事務局がやってくれないかってことで。で、そういう人にはそういう能力を発揮して頂くようなことで、あの、まあなんていうの、来た人がそれぞれの役割すぐにできるし、あとは、まあ来る時点で言うんだけども、ここで農業やるような方法はなんとか支援すっから、あの、支援してもらうだけじゃなくて、じゃあ自分がこの地域に何ができんのかって、これをきちっと考えてほしいんだって、あの、こうずっと新規にきて研修の段階からこういう風な話をしながら、まあ何をやりたいのかってこと中心に色々聞きながら、そういうやりたい方法を、まあ支援できるようなことは今までずっとやってきたつもりですけどね。”

20130518 大野達弘 2

“今はなくなったけど、昔、この「青年団」っていう組織があって、大体この地域の中、この東和地域の中でも200人くらいの会員がいるくらい、だから横のつながりその時代から、どこに誰がいてどういう仕事をしてる人だっていうのは大体この地域の人は大体わかるような、そういう組織があったのね。今はそれが少なくなってきてるが、だからそういう中で「あいつならやれそうだ」とかそういうような人・・・あとは、農業中心にやっている人なんで、だから、「どうだ?」っていうことを声かけなんかしてると、そう、組織的なものを作っていくのにはそう難しくねえんだ。”

“だから今、あの事務局長に話聞いてきたと思うけども、あの、NPO法人のゆうきの里立ち上げるっていうときだって、そういう下地があったから。で、そういうとこで活躍してきた人、色々やってきた人っていうのは、「じゃあこの地域どうしよう?」っていう、常にこの問題意識を持ってる人たちだから、じゃあ合併を機にこういう中山間地域をじゃあどういうような方向にすれば、自分らここで生きていけるかってことを、じゃあみんなで話し合うだけでなく、行動できるような組織作ろうっていうのが、そもそもの、あの組織の始まりだから。”

20130518 大野達弘 1

“あとは震災前までは、冬の間で原木のシイタケをやってたんだな。それが今はあの、この阿武隈山系の木を使うってことはできなくなったんで、これはもう廃業、代わりに何をすっかっていうことがね、今、あの、問題になってるっていうか。”

“やっぱりこういう中山間地域だから、そこを利用するっていうようなことをしていかないとなって思って、今だから山菜っていうか、山ウドのあの、ちょっと促成栽培をしようかなって。あと、時間があったらちょっと見てもらえばいいんだが、あの、そういう、テスト始まったり、あと、仲間と一緒に、あの、ワインを作ろうってことで、今ブドウ植え始まったり。”

20130427 佐々木光洋 5

 

“だからやっぱエサだけ注意すればいいって話になって、で、そのエサに関しても、まあ丸二年間福島の牧草をやらないっていうことによって、牛乳から出さないっていうようなことをやってきた結果、福島県産の牛乳からは出てないんですね。本当にここは徹底してやってるんで。”

“理屈ではそうなんだけどもね、あとは感情的にそこをこう、うまくわかってもらえるようなそういうあれがないと、その壁はなかなか越えていけないし、そういうのがやっぱりね、いわゆる風評被害の原因はそこでしょうから。”

20130427 佐々木光洋 4

 

“じゃあ出荷できますよっていう風になったときも、それはそれでやっぱり、ああよかったっていう風になったけども、一番はやっぱり、自分のとこの牛乳を測って、問題ないっていうその結果が出たときに、ああよかったって、本当に安心したというか。”