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佐藤 美千代さん

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雄勝町のてなこ屋商店街(仮設商店街)の少し外れたところに、トレーラーハウスで八百屋さんを構える「八百清」の佐藤美千代さん。家族のお話や将来への希望についてたくさん話して下さいました。


お店の将来

この3月の12日にここに、このトレーラーハウスで商売して、そして、一日も早く高台になって、このトレーラーハウスを高台に持って行ってあのー、震災前のような店番がしたいのさ。というのは、ほらこういう生活慣れないんだ。朝に来て、夕方帰るって。そういう生活は今までしたことないちゃ。だから今までだと、お家とお店が一緒だから、お布団も干せたし、洗濯物もね、外に干せたし、そういうので夕方になっと夕飯作りながらお店番をするって。それがね、何十年も続いてたから、こういう生活、本当にこういてて、あ、今日は何をすっかなってこう考えるのが精一杯で何にも出来ないものね。


生かされた命
だから、私も震災で、叔父、叔母、それから従妹、近所のおばさん、あと義理のお姉さんとかって一杯亡くしたけっど、未だにあの上んない人もあるんだっちゃ。見つからない人も。だからね、自分がその時自分も、一応泳いだけれども、一応助かったから、何とかね、その、助かった命をもう少し、ね、みんなのためにねー。みんなだってさー亡くなった人はさ、もっともっとさーいろんなことをやりたいって思ってたと思うんだよ。で従妹の人は私と同級生だから年金の話なんかしたばっかりなのね。年金もらうか、早くもらうかーとか言ってね。そうしてる内に亡くなってしまって、、、とにかくね、「生かされた命だと思って」。
本当に3.11はさ、亡くなった人と生きた人が本当に紙一重で、本当に何メートルか先に車が走っていた人が亡くなったり、もうちょっと遅れた人が、すぐUターンして山の方に行ったりっていうような感じがあったから。


唯一の楽しみ
で今年はこのひな壇のそこの階段のとこで14人皆でとったの。それを撮って、あのー私が河北新報さ、7月から12月までのカレンダー、それに申し込んだから今写真ないんだ。で、毎年こう、私たち仮設で花見をしたりして、そういう何て言うのかな、みんな家族。自分たち二人っきりだったのがいつのこま14人になって、それが唯一の楽しみでねー。早く高台になって、その14人がみんなでさ座れるようなね、テーブル囲めたらいいなと思うし。今仮設さ行くと、14人なんか入らないからね。孫たちだんだん、だんだん大きくなってきて一回入ったの。ちょって、あと動かないでーとかって感じでとにかくね、狭いんだー


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