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「一つになってまとまっていかなきゃいけない」
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「一つになってまとまっていかなきゃいけない」
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「すぐきてすぐ帰ってなんだとは全然思わない」
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震災ってもう1年半は過ぎているんだけど、私たちの中ではそんなに過ぎた気がしないの。その中で何が変わったかってそんなに変わってないし。
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「行く人は行くで仕方ない。でも将来的に俺らは残ってこういう町作るから、出来上がったら必ずもどってきてよって一言加える。」
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「海だけが町じゃないんだ。海があって山があってこその海がある。」
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「何かあった時にコミュ二ティーの力は強い。お金はないけど力はあるから。」
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松本俊彦さんは(株)松弘堂 印刷会社の代表取締役、石巻元気復興委員会の会長としてご活躍されています。会社は倒され、事務所と工場は浸水。その後、同じく会社が被災してしまった経営者、次期経営者の方々を集めて元気復興委員会を作りあげた。以前はライバルだったとしても、今は一緒に力を合わせて頑張る時なのです。石巻の復興への思いや復興委員会で誕生したコラボレーション商品についてお話していただきました。
大変な事もあるけど今が楽しい、復興委員会について
さっき石巻は大変な状況だっていう話しましたけど、それとは反面で石巻にはすんごい事が起きてる事もいっぱいあって。まっ、当然、国がこう、石巻に対していろんな、あの、なんて言うんでしょう。国のお金を投入するわけじゃないですか。例えば新しい町を作るっていう事に対して何十億、何百億もお金を投入したり、専門家をいれてきたり、っていう事を石巻は今あるし。日本中の大きなトップクラスの企業が、その企業の価値をどうしようかって。この東日本大震災を通して自分のこの会社の企業価値をどう高めていくかっていう事で、日本中の大手企業が今集結してるんで。で、なにができるか一生懸命さがしている訳ですよ。そんな事が石巻で起きてるし。もう単純な事から言えば、芸能人がわんさと来るわけじゃないですか。
震災前に全く想像しなかった事が、今ここで起きてんです。それってすごい素晴らしい事だし、前は絶対あり得ないことだったんで。たまたま不幸も事がいっぱいあるけど、良い事を探しだす事がどんどん起きてるんで。自分はやっぱそういう事を使って、一緒にその中に飛び込んでいって、非常にこう、自分の人生としてすごい良いんじゃないかなぁ。だからここを離れるつもりもないし、ここにいる事が楽しいですよね。
ボランティアさんも全国から来て。お手伝いいただいて、お手伝いしていたかと思うとここに住みたいって言い出したりとか。そういう若い人達もいますし。だから面白いっすよね。休んでる暇ないですよ。休んでる暇ないって言ったらおかしいですけど。楽しい事もいっぱいあるから、楽しみ続ければいいですよね。
この我々のメンバーもなんかそんな感じだと思いますよ。私と同じように全部、会社がなくなって。まっ全社じゃないですけど。設備を失ったり。まっ中には社員を失ったりっていう方々もいっぱいいますし。でも、根本的にはある程度若めの経営者の人たち、ぜんぶ経営者なんですけど。もしくは時期経営者の方々なんですけど。こういった方々も、やっぱり私と同じようにこう、なだれて、どうしようかって思ってたと思うんですよ。で自分が、この指止まれ、と。同じような人たち、この指止まれ、と。でみんなで力合わせてやろうよ、と。一社でやろうと思うなよ、と。一社でなんかできる訳ないんだ、と。この機会にみんなで力合わせてやろうよ、という事を言ったらみんな、うーん 何になるかわかんないけど一人で悩んでるよりいいな、と。で集まり始めて。でそこに、こんな事できるんじゃないの、あんな事できるんじゃないの、って。大阪行こうよ、大阪行って自分の商品PRしてこようよ、と。いや、大阪行っても通用しないっすよ、って行ってみなきゃわかんないだろ、と。で行けばやっぱ、美味しい、とか言われる訳ですね。是非商品を取引したいと、いう話になってくる訳ですよ。今そういう事をどんどんやって外に向かってどんどん我々はやっていこうよ。震災前は全くやってなかった事だけど、今やれば、目立つ。目立つし、みんな聞いてくれる。だから今がチャンスなんで今一生懸命そんな事をみんなでやりましょうよ、と。
商品を広める、コラボ商品の開発、わかめ専用ドレッシング
今この商品をとにかくどんどん世の中に出していくっていうのが一つ。でそれは詰め合わせセットでもそうですし、そうじゃなくて企業で、例えばどこどこのなんて言う商品を記念品で使いたいとか、そういうニーズがいっぱいあるんでそういうのをどんどんPRしていく事と。後はみんなで力を合わせて色んな商品を開発していこうと、いう事を今一生懸命やっています。
この機会にどんどんどんどん外に自分の会社の商品が出て行って。で最初は、例えばそれが支援というきっかけかもしんないですけど、やっぱり最後は美味しいから買うっていうところまで持っていかなきゃないので。それをみんなと協力しながら自分の会社の商品だけじゃなくて、隣の人の会社の商品も。例えばお宅はこういう技術があるんだから、こういう事をやれば良い商品ができるよね、とか。ウチのこういう技術を使ってお宅のと合わせればこういう物ができるよね、とか。そういうのを今一生懸命みんなで、飲みながら、楽しくみんなでやっています。それをどんどんやっていきたい。
(これからも)
うん、商品を良くする事と、広めていく事と、2つとにかく一生懸命やろうと。
ひとつ出来た商品があって。ワカメの、塩蔵ワカメを売っている会社があって、ワカメですね。ワカメを売っている会社があって、それをこう、展示会にみんなで行った時にワカメを試食してもらうのにタレが必要になる訳ですよ。でそれを、タレ必要だったんですが山形屋さんっていうつゆを、まあ醤油味噌を、つゆを作っている会社がありますね。それから東北で結構いろんなそば屋さんにおろしている丸平鰹節っていうダシ屋さんがいた訳ですね。でそれを、んじゃ2社で、この二つの商品をこう上手くくっつけて美味しいタレだきんじゃねぇの、ってこう遊びながらやってたんですよ。でそしたらエライ美味しいつゆが出来て。おっこれ良い、って、これ商品かしようっていう話になって山形屋さんと丸平さんとコラボしたワカメ、ワカメ専用ドレッシングという名前で、ワカメ用のドレッシングを今回作って、今ワカメと一緒に殆ど売っているとう。だから3社コラボですよね、要は。でそれがワカメだけじゃなくて肉にも合ったり。牛タンつくねそこで売ってんすけど、牛タンつくねにも合うし色んな物に合うので。今すごいウケてます。そういった物をどんどんどんどん作っていけば、楽しいですよね。
中村精一郎は中村サイクルセンターの自転車屋さんを奥様と運営されています。震災当時はお店の中に津波とヘドロが押し込み、とても営業できる状況ではありませんでした。1年経った2013年春にはお店を再開する場所を借りることができ、ホームサイトでおすすめのサイクルルートなどを紹介しています。復興まちづくり協議会に参加している中村さんが石巻の復興への思いを語っていただきました。
「復興、元の状態になるっつうのは、ううん。ちょっと考えないかもしれないですね。もう既にあのう、人口が減ってるし、職場も変わってる人もいますので。まあ石巻から離れて別の職場を求めて行ってる人もいるので。ただやっぱ新たなあの、雇用っていうか。凝視をもってかないとダメなのかもしれないですね、それはね。
ただね、去年、去年はですねやっぱあの、うぢのお客さんもそうなんですが。自転車の格好、ヘルメットかぶってジャージを来て、こう歩ぐって、自転車踏んでいくっていう気持ちにはね多分なれなかったんですね。気分的に。精神的にあの、全国のボランティアさんが日曜日朝とか、あの炎天下の中で汗を流して泥掃除をしてたりとか。そういう中をね、自分だけがサイクリングして歩くっていうそういう気持ちにはなれなかったんです。まっ、今年からようやくね、段々こう、整備されてきたんで気持ちの整理も大体ついてきたんで、少しは踏める環境にはなってきたんじゃないかなと思いますが。精神的にもそうだと思う、やっぱ。
(他になんかあの、自転車以外とかでありますかなんか、改めて考えられたような事は)
ううん。まっ、私の場合はまあ人にあの、助けられたっていうのが一番じゃないっすか、仏さんに助けられたなっていうのは。うん。
まあだから、自分だけがあのう、なんていうんだ。こっから逃げ出しても、やっぱあのう、..全体が。自分のお家ないとかっていう、将来的に、経済もそうなんですが、そういう気持ちも安定してこないと我々の商売にもついてこないと思うんですねやっぱ。自分1人だけ先走ってもダメだなっていう気持ちはあります(笑)はい。全体が、もっとねこう、元の生活に戻るまで。ちょっと時間はかかるかもしれないけどもそこまで私も頑張りたいと思います。」
「以前はまあ割とううん。まあでも少子高齢化が増えてましたからね。その辺は商売は厳しかったですよねやっぱ。うん。だっ、それでこの震災だから。うん。ちょっとマーケットが小さくなるのは大変だな。そこで、どうしたらいままで以上に頑張れるかっていうのが。自分の主案にも関わってくるし。年齢も年齢だし。ちょっと考えますね
それはね、道路が復旧してからでないとなかなか難しいんじゃないかな、気がしますね。いっあのでも、震災以前にもあの、レンタルサイクルなんて駅前の方で貸し出しなんかあったんですよね。ただやっぱり石巻は生活には車が必需品なので。多分車だと思いますね。あの、自転車を見直されたっていうのはあの、震災直後ですよね。歩って用足しをしていたのが自転車に変わって。で自転車あのう、車使えないからただ単に移動手段として自転車使ってたんですが。ま、車が手に入ってくるともう自転車がいらなくなってしまってると。そういうふうに変わってきたので。
ううんそうですね。あとは 、あのその下駄代わりに使れた自転車じゃなくて、あの、趣味で使ってる自転車、主にはサイクリング車とかスポーツ車といわれる部分。それをやっぱ残していかなければ私たちは生き残れないなぁというのは、考えは持ってますけどね.だからそこを伸ばす方法を今から考えないとダメだと思いますね。」
今野雅彦は石巻コミュニティ放送のラジオ石巻FM76.4で営業部長、技術部長、レポーターとして活躍されています。阪神淡路大震災の翌年に作られた放送局で、地域情報はもちろん、現在は災害放送局として放送を行っている。災害に強い街にしたいという思いで作られた放送局。いずれ震災は起きると覚悟していたが、地震と津波の大きさは誰もの予想外であった。その時に放送や対応、仕事への責任感、そしてこれからラジオ石巻の復興への役割についてお話していただきました。
震災直後のラジオ放送、仕事の責任感、みんなに石巻へ来てほしい
まあ情報源を全部その停電で立たれていたんですが、唯一そのパソコンが、ノートパソコンのバッテリーが、無線のケータイメールなんかを受信するためのネットワークが、だけが生きてたんですよ。で、リスナーからあの、今自分の身の回りはこういう状況だというようなメールがたくさん集まってきたんで、それを原文のまま読み続けるというような放送をしていました。まあ具体的に言いますと自分はいま屋根の上にあがっている状態で、早く助けに来てくれないかとかですね、もう目の前で人がどんどんどんどん流されて言ってるというような状態ですね。で、それが地区ごとにこう、読み上げ続けていきますとラジオではまあ、見えないメディアですから、ただそれをつなぐことによって情報を、見えてくるんですね。まあそういうことで、市民に対しては、こう、被害の状況を伝えることに徹して他わけですね。あの、必ずこういう日が来るっていうことは社員各自は想定はしていたんですよね。で、ただ今回の東日本大震災っていうのは想定の領域をもうかなり上回っていましたので、えー、底までこうなるとは思ってなかったんですね。まあ本当にそのそういう、今後はですね、私たちはそういう教訓を生かして、やっていこうという、最大被災地のラジオ局ですので、まあこれが私たちの取り組みや反省というものが、ほかの地域で今後どういう風に役立っていくのかという部分も、私たちも今後はお手伝いしていこうというようなことに、あのー、なるのかなと、ええ。
やっぱり、根性とか、粘り強さとか、あきらめないとか、まあ今被災地っていうのはこういう劣悪な環境の中でみんな頑張ってやっているので、まあそういった常に恵まれて、やっているんだって思うことはですね、やはり原点に立ち返る意味でも、まあこの、石巻の不自由な状況を確かめに来ていただくことはなにかの参考になるんじゃないかと思います。
復興に向けて、感謝を伝えるラジオ、これからのボランティア
まあ地元の中の人たちに対しては、ええ、1日でも早い復興に役立てる情報っていうのを、ええ、精査して、今本当にみなさん大変なこと、住まいだったり、お仕事だったり、えー、病気のことだったりお金のことだったり、様々な悩みを抱えている方が多いものですから、そういった人たちの悩みが解消されていくような情報をですね、発信していくことはコミュニティとして一番大事なことなのかなって、それと、外のほうにはですね、やはりその被災地の復興の現状というものを時間経過とともにどういう風にその変っていっていくのかという部分にやはりその関心を持っていただきながら観光というジャンルにもですね、石巻を逆に元気にしていただかなければ奈rないというアピールもしていかなければならないのかなあと。まあ電波は届かないんですけど、全国からいろんな主事を受けやすいので、あの、来ないでくださいでは無く、もう本当に来てくださいというような役割はやっていかなければならないかなと思ってます。あの、石巻市民の大半の人たちは困っていましたから、あの、そういう助けをしてあげたいという人とですね、助けてもらった人が歩んだ約1年と3カ月ということで、そこで新たな絆が強まったっていう話は、今うちの放送のゲストの人にはやっぱり感謝を伝えるためにまたラジオに出て来てもらったりっていう放送をずっと続けてきてましたからね。また今度ボランティアの方がその、手を差し伸べる方法につきましてもガレキとかヘドロだしとかもおわりましたので、また被災地での支援の仕方っていうのも変わっておりますので、まあそういったときとともに人の気持ちも、みなさんの動きというのも変わっていっているということがわかりますよね。この仕事をしていて。
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