大友静香さん

現在は事務のお仕事をされていて、お仕事の関係で栗原市に住んでいたが、やはりご家族と一緒に住みたいと思い退職され「ふるさと」の三本塚にお引っ越しされた。

Clip 1: 「私がいれればな〜。。。」

Q.ご職業ってどういうことをされていたのですか?その当時は〜

あ〜当時は、あっはい!えっとーその当時は学習塾で講師をしていまして、はい、でその〜学習塾で3月11日当時も働いていたんですけど、4月から別の塾にこう移ることになって〜でそのー4月からはあの宮城県の一番北にある栗原市ってご存知ですかね?岩手県との県境になるんですけど〜栗原市って言うところで4月から働くことになってて、んまー仙台市からちょっと通える距離ではないので、一人暮らしをすることになってまして〜それで〜まあその予定ではいたんですけど、んまー3月にそういうことが起こってでーその実家も被害を受けて全壊判定になって、でまあそのーうちの泥かきとかいろいろあったので一度はその転勤の話も就職とかの栗原に行く話もなかった事にして下さいって言ったんですよ。。でもーどうしてもそっちでんまー会社で人が足りないので〜どうしても来て下さいっていうことになって、だから仙台を離れて本当は4月1日からの予定だったんですけど〜それも遅らせてもらって、4月の12日だったかな?その12日から家を離れて他の栗原市で一人暮らしをしてました。はい

Q.で、しばらく一人暮らしされて塾のお仕事もされて、でもやっぱり三本塚が心配だって言う風に思ったんですか?

そうですね〜。。やっぱり〜そのーまあ実家を離れてる間もんまー4月5月はまだ家族は体育館で避難をしてたので、体育館暮らしをしてて〜でーその体育館で寝泊まりをしながらその実家の片付けに行ってで夜は帰ってくりしてまた体育館で寝て〜みたいな生活をしてたんですね。。でそのー祖父母もんま〜高齢ですし。。まぁ〜ここに若い自分がいられないって言う事がすごくなんていうか〜。。申し訳ないなって思って。。。そうですね。。なんか手伝いもしにいきたいけど〜車もないので。。なかなかその頻繁に仙台にも帰って来れないし。。私だけその。。んまー栗原市は揺れはあったんですけど、内陸の市なので津波の被害はなかったので、んま電気ガス水道も復旧してましたし。。。ね。。。そういうところで私一人だけこう。。生活してっていいんだろうか?。。って思えてきて。。。んでだんだんその〜なんて言うんでうすかね〜家族の近くにいたいなーとかそのー仙台に帰りたいって言う気持ちの方が大きくなってきてしまってそれで〜そのー退職を決意しました。はい。。

Clip3: 「同じ仙台市でも差がある」

Q.やっぱりギャップがというのはありますか?

そうですね〜まあタクシーで30分くらいいけば、そういう津波被害を受けた地域があるので〜その温度差っていうのがその仙台の中心部と〜海沿いの。。同じ仙台市なのに〜うん。違うな〜って、震災後からそうですね〜

赤間 恵さん

東北学院大学3年生、現在はボランティア活動ではなくメディアという違った角度から被災地、そして震災に関して関わっていらっしゃる。

Clip1: 「学生にできること」

Q. question

Transcription

Clip2: 「学生にできること」

Q. question

Transcription

Clip3: 「将来」

Q.question

Transcription

ボランティア(荒浜地区)

ボランティア
荒浜地区にてボランティア
ボランティア
荒浜地区(昔の風景と現在の風景)写真ギャラリー
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地元の人々達と一緒に
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それぞれ名前をつけて参加
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ボランティア
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一緒にコンクリート作り
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コンクリート作り
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みんなが休める場所を手作り
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大きくたたずむ観音様
(なぜここに置かれたのかという声も)
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荒浜近くの海
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手作りの釜でピザを焼く
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手作りの窯
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手作りのお漬け物

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