会見
閖上, 震災, 名取, 政府

赤間みなみさん

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震災当日は家族と旅行に行っていたそうです。向かう途中で被害に会い、その後数日はホテルで過ごしたと仰っていました。


被災当日の様子

仙台でお食事、ちょっとお昼して。で朝乗って、もう早30分ぐらいで着くとこで地震なんです。高速で。すごく揺れて、バスひっくりかえっかとおもっくらい揺れるんだもよね。ほんで、運転手さん。もう大丈夫なの,バスひっくり返ってないっていったら、もうだ、あの、動かないでてください、ってね、いうもんで。だからいるうちはすごく揺れる、なんだろこの地震とびっくりしたね。そっしてるうちにバスのラジオが大津波来ます,大津波来ますって大声で騒ぐのよ。え、どこにくんのその津波。閖上にくるんでないっていったっけ、どこにいくかわかんないって運転手さんいうわけね。ここは岩手県だからば。閖上のほうに来ないんですか大丈夫ですかって言ったら、わかんないって。とにかく高速は降りてくださいって降ろされたから。下を通ってややかかったんだわね。道路も壊れてるとこもあるしね。ほんでやっとたどり着いたのが夕方の5時か6時です。その志戸平温泉に。ところが真っ暗で水もなければやっぱりあとの電気もない。なんにもないんだね。そんでもうお客さん。あ、そこはすんごいお客さんなんだよ。普段ね。あそこの志戸平温泉。おうち、ね、ホテルみたいな温泉があってね。外人さんたちもなんかしょあっていたみたいよ。ほんでとにかくバスの中に、くら、薄暗くなるまでいれれとおかれたけども。今晩、一晩このバスのなかにいるんですかっていったっけ。どうしたらいいかどうしたらいいかって。バスにはいられないよねって言ったの。トイレにも行きたくなるしね。んでおろ、とにかく、んで降りてくださいって降ろされたけど。真っ暗でろうそくの明かり一本なのね。あっちもにわがらのおっとだから。なにか、そんな明かりなんか用意していないみたいで。んで、赤間さんの部屋は8階なんですっつーんだもん。ええー、8階まで上がんなきゃいけないのってろうそくと。とにかく上がってくださいっつーの。部屋に。で8階の、んーまでろうそく1本で、の、手をつきながら登りました。4人で。んで、お食事はどこにも運ぶことでないから、下で、きて、降りてきて食べてくださいって。私は年もとってるし。足落と、なんかとっぽとして階段からたたき折ったら大変だと思って私いかないって。でおにぎりでももってくっからねって娘たち行ったところが来ないわ来ないわ。余震は強いの。んな真っ暗なところに1人してこんなに。2時間以上もいたね。なんだってあの子供たちなにやってんだと思って腹立ってきてさ。ほいでやっときて、何をやってんのやってて、いられないここに。何度も余震が来るのが恐くて。うんと揺れるっつたの。のど詰まりそうにしてね。ロビーにおろしてくださいって。下でいいから。わって、こういう、ね。ロビーもこういうところだから。でそこに、で、で、毛布2枚くらいつつ渡されて、そこに4日くらいいたんだわね。シドライラ温泉に。したっけ食べ物がなくなりましたって。4日もいらっしゃったんですか。ええ。食べ物のほうもホテルもなくなったんだあとは。何百人ものひとだから。1品なのね。カレーライスのときもあるし。お蕎麦もこんなどんぶりこんな1つではもうね、いっぱいいっぱいなのね。ほんで3日4日たつと食べ物もなくなってどうにもなりませんから、赤間さんたち、あの、花町の、中学校、1丁の、あのーあせ、あれに、避難所に行ってくださいって。て言われ、送られて、そこに2晩泊りました。すんごい皆雑魚寝でねー。人の、お、おトイレせんよとどっかで誰かの頭になんか上がったら大変だと思ってうーんと神経使うっちゃね。間いくらもなんだもんあちらの避難者いっぱいいて。それでなんとかして、早く閖上の近くに送ってくれないかってお願いしたのね。


仮設に入ったいきさつ

市役所に、そんな当たるわけないってうちの娘たちいうんだけども、出してみないことにはだめだっていうことで、市役所に出して連絡してやってみろっつったら、2、3日で当たりました。赤間さん当たりましたって通知が入ったのね。あー見ろそんだから出さないことにはだめだって、あれしたんじゃないって。すぐにさっそくそこの仮設もう最後の方だったかして、今みぎっから移っちゅるとこだったの。5月3日までなんだから。うん2、3日なんだものわ。当たるわけないって出さないでっから、今2、3日あるから出してみろっていったら。いちばん、今17の5っつーとこにいるんです。1番終わりに。うん。最後。北海道と東京とつぐって私笑うんだけどね。遠いんです。まずそのくらいの差はしょうがないと思ってね。でこう、お世話になっているんだけどもねー。なかなか。


市の対応

ほんでもこの臭みが洗っても洗っても、どっかのこういう間にみな入ったと思うのね。なんぼ傷落として、なってても。んだから、市でもね、もう津波が3月だったでしょ、で11月までにそのうちを撤去してみな壊さないいけねっつぺたよと。そういうあれが凄くあれだったんです。で今は言わないって言ってるんだよ、そういうこと。市も。あってとっぺな、んな語るの。何回も私行って聞いて来いって若い人たちはやったの。市さ。本当にそういうやつなのかなんだかって。だけど2、3回行っても、そういうおんなじ、やつなんだ答えなんで。ほんで、それこそ、リフォームをね、そんな大金かけてしても、入ってられんならいいよね、スムーズに。臭くて夏んなって土曜来てこの暑さでプンプン臭いして具合悪くして病気になるんだったらもう大変だと。それよりやっぱりね、それこそ、壊すのも3百万かかんだよね。そんなことするうち壊して、更地にしてきれいにして、どぼりでもきれいにしてね。もっては、そんな今自分の土地さ自分で入らんないんだよ、その今の状態ね。


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