アーカイブ

石巻

This tag is associated with 2 posts

永沼 慧さん

インタビュー一覧へ戻る 現在、消防団員として雄勝町で働いている永沼慧さん。これからも消防団員として働きたいということなどの永沼さん自身の将来のことや雄勝の未来のことをお伺いしました。 進学しかなかった 生徒: えっと、高校に進む人が多いんですか? 永沼氏: そうですね。大体高校に進学すると思います。はい 生徒: 他の道とかってあるんですか? 永沼氏: わー、私たちの時はなかったですかね。はい。進学が一番、進学しかなかったと思います 生徒: なんか、石巻の高校に行くと、なんか、家と離れるから、なんか、新しいマンションを借りることになったりっていうことは 永沼氏: あーとー、そうですね、下宿したりしてた人もいましたけど、バスとか出てたので、通学の、そのバスに乗って通学してました 生徒: あ、こっちから? 永沼氏: はい 生徒: なんか、結構な割合の方が漁師になるのを、なんか、なるという風に聞いたんですけど、なんか、それについてどういう風に思われてた? 永沼氏: えーとー、どうなんですかね?私の同級生ではない、なってないので。私もあんまり考えてなかったんですけども 生徒: ど、どんな感じの職業が多いんですか? 永沼氏: えー、色々ですね。学校の先生とかもいますし、はい。あと、普通に建築業とか、色々ー。ほんとに色々ですね 若者の減少 生徒: 結構若い方が少ないっていう風に聞いたんですけど、それに対して、なんか、どういう風に考えたり思ったりしていますか? 永沼氏: まー、そうですね。ま、今、なんていうんですかね、漁業やっても結局あんまり、その、ま、生活していくのにも、あんま大変ですし。ま、他に仕事探しに出るっていうのはまぁしょうがないのかなっていう気はします。私もまぁ、公務員やってますし。ま、ですかね、ま、そういう感じですかね。ま、なんていうか、ま、集まって遊んでたりしてるので、ま、別にここに住んでなくても全然良いのかなっていう感じで、はい 生徒: なんか、この浜、結構その、ご年配の方とかにお話を伺うと、なんか、若い方がやっぱり来てほしいなーみたいな話を結構聞いてて、なんか、なんだろ、責任だったり、そういうのを感じたりしますか? 永沼氏: わー、ま、特にもう残れみたいなプレッシャーをかけられたことないので、ま、別にそんなには感じたことないですけども、はい 生徒: じゃ、その、結構インタビューしてると、ご年配じゃないですけど、こう歳が上の方は、そういう風に、今言ってたみたいに、若い人に戻って来てほしいとか結構おっしゃってる方多いんですけど、それを聞いて今どう思いますか? 永沼氏: うーん、どうなんですかねぇ。まぁ、今の仕事も全然気に入ってるってか、好きで、好きでっていうか、まぁ、楽しく、楽しい仕事、うーん、楽しいばっかじゃないんですけど、今となってはまぁ好きでやってるので。住んで、まぁ、こっちに住んでますし、まぁ、別に特に変化はないですね、言われても、はい。 インタビュー一覧へ戻る Advertisements

永沼 信良さん

インタビュー一覧へ戻る 震災後から部落の会長として桑浜で暮らしている永沼信良さん。震災後の会長業の苦労や部落のことについて教えていただきました。 震災前からの過疎化 永沼氏: 震災があったから当然まあ余計にそうなったんだか分かんないけども、いくらかは少しずづはみんな都会行ってるのさ。若い人たちは。で高校もないっていうのは自分の娘たちは高校に入って今石巻の高校いって帰るのが大変だっちゃ。そうするとアパートを借りて学校さ通ってるからお母さんもそこさ行って、ご飯とか食べさしているから、してるから。そういうのはあの状況なんだよ。震災前と、震災前と対して変わらないと思うよ。震災になってここから家も流されてねすぐ石巻さ行った人たちもあるけどね。だから子供たち、若い人はもう帰ってこないっていうもう9割がた帰ってこないんじゃね。 生徒: それは必然的に? 永沼氏: うんそう。 生徒: じゃあほかの浜で住んでる方はもうしょうがないと思っている人たちが? 永沼氏: うん、しょうがないっていうより、今の世の中の動きならそうなるほかしかないのかな 部落の特徴 生徒: ほかの浜と比べて桑浜のこういったところがいいっとかってありますか? 永沼氏: うん、どう比べても。うんなんていうのかな。まあここはほれ10軒ぐらいしかないけどもねまとまってるからいいんじゃないですか? 生徒: まとまって? 永沼氏: うん、まあっていうことは何があってもみんな協力しあって一緒になんでもやるっていう。ほかの部落は部落が大きいと色々問題があるけどもここはほれ最初からもう部落が小さいからね。 生徒: 雄勝町の中でも小さい? 永沼氏: 小さい。15がちいさいぐらいだからまあ20軒足らず。震災が遭ってから10軒、5軒が仮設に入って。後4軒石巻の方へいって。 震災後の会長業 永沼氏: 震災、私は本当は震災前は会長は震災前はやってないわけよ。震災があってここにいた会長が石巻の方へ行ったわけさ。急にうちの自分さ会長やってくれって言われたわけさ。俺も頭真っ白になって。こういうむちゃくちゃになってる部落をさ、そこで初めすぐ最初からなんかやってればよかったけど、急に会長やれったってなんの会長やればいいのか最初分からなかったのさ。でも羽坂の会長さんね、よく会長は羽坂の最初は震災の親分羽坂だったからね。あっちは会長、俺副会長で全部うちでやって。でも羽坂と桑浜は会長は会長同士で桑浜は桑浜でやらなきゃいけねえさね。その時にもうがれきをもう道路めちゃくちゃなってるからね。こいつ何するのかなってそれだけ頭がいっぱいだったね。でもういなくなった方がいいかなって。でも会長というのはええ付き合いだから、それこそ一生懸命やりましたね。 完全復興とは 永沼氏: ま、海の人たちだから、当然あの海岸をね、綺麗にしなければ直してもらえれば、みな張り合いがあるんじゃねぇの尚更。うん。そうやろ? 生徒: 海岸が直って、あそこがあれば 永沼氏: 今日ださの船さ乗れぇんだもの波で。波来て 生徒: あぁ、波が高くて? 永沼氏: うん、毎日満潮だったの高潮だったのね。当然、もう海岸越えてくるから。うん、そーいうだ、そういう、まぁ、そういうあれもあるから、とにかく早く海岸を直してもらえれば、いつでも海に行けれるという状況。だから、わし、自分もね、ほんとはあのー、海岸先ね早く直してもらわないと、船もおっきいのつくったわけさ、いつなおっか分かんないから、ダメだなーってあきらめてる、歳も歳だからね。今、一番思ってることは、海岸を早く直してほしいかな、それが一番のあの復興、完全復興だね、そう直ってもらえればっていうことですね。とにかく、マイペースで動くしかないです、あとは。自分たちでどうにもならないから インタビュー一覧へ戻る

カテゴリー(地域別)

Access Counter

  • 98,026 hits
Advertisements