深田和秀さん

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深田さんは、現在特にどの団体にも属さず、個人で放射能量の計量を行ってらっしゃいます。

深田さんの「敗因」

要するに廃炉後の世界をどうするしたら良いのだろうかっていうことで、廃炉アクションっていう、イベントを、考えて、えー、そういうことを、ちょうど、その日に合わせて、要するに3月の26日に、いわき市で、もう場所も借りて、そいで、いろんなことを、お話しする、コメンテーターの方も呼んで、シンポジウムも予定して、そういうとこまできてたんです。でもうあと開催する、ところが11日に、事故が起きて、みなさんご存知のように、もういっぺんに。もとより、その、そういうことに、アンテナをたてて用意をしてたお母さんの人たちは、すぐさま、福島から離れたんです。もう何も後ろ見ないで、とにかく離れた。ところが私は、まず1つは、親父が、要するにその、介護施設に入ってましたので、移動できなかった。で、私は、あの…あぶくま高地を、福島市は、約70kmから80km圏、です。超えて、福島に影響を及ぼすとは、実は考えていなかたんです。で、それが私の、まあ言って見れば、敗因なんですよ。まあだから背負った、まあだから失敗の、重みなんですね。だから一緒に、当然何日かの停電と、断水がありました。

周囲の問題についての認識格差

それはいや、感じますというか、認識格差っていう言葉が適当かどうか分かりませんけど、もとより人間の体はここに寄って感受性は違いますから、例えばなんで花粉症にあなたがなって私がならないの、とか、ていうのはなかなか、まあ科学的な説明もちゃんとできるはずなんだけど、なかなか難しい問題ですよね。だからあんたなんで、そのことわかんないのって、放射能の怖さ分かんないのと、突き詰めても、なかなか、相手の方は、理解できないんです。理解できないっていうか、どういうことなのかっていうのを、あのー、実は、分からないんですね。で、えー、逆に、私のように、ある程度そういうことを頭のなかで分かっていても、実際は高をくくってしまうような場面ってのはあるわけですよ。さっきも言いましたように、阿武隈山地を超えてくるなんて言うようなことは、要するに80kmも、放射性物質が、プルームが、通って、そこで微量な物が落とされて、なんか影響あるのって、要するにイメージが、されてなかったわけですよ。ね、そのために、本来は警告をしてみなさんに、少なくとも、危ないよ、ということを言わなきゃならないような、立場にあった者が、何も言えないで、一緒に、水汲みにならんでたって、そういうなんかものすごいブラックジョークみたいな話になっちゃうんですよね。ですから、そういう認識の違いっていうのはあることを前提に、やっぱり、あの、全体的な、相対的な、放射策をやってかなきゃなんない。

除染の限界

まあいわゆる植木とかがあって、そういうところにもう放射性物資がついているんですね。でちょうどそれが、境の生け垣になってるわけですよ。ね。ところがあたしたちが、隣のお家にいってそれいっぱいついてるから、すいません丸裸にしてくださいって言えますか?ないしはこの隣に、大きな木があって、それが常緑樹で、ずっと蓄えてるんです。それが自分ちの、子供の部屋ってだいたい二階につくります。子供部屋にちょうど、上手く、放射性物質からでる放射線の影響を受けるようなシステムになってるんです。で、それを気づいても、じゃあすいませんそれを枝打ちしてください、それをきってくださいと、言えますか?言えないですよね。そうすると、当然限界があるわけですよ。だから、除染に限界があるってのはもうハナからきまってることなんですよ。だからどう、それを避けるためにどうしたらいいのかと。いうふうになれば、やっぱり安全対策、ってか社会的な除染みたいなものも用意しとかなきゃだめなんです。つまり、希望者には子供だけでも先にどっか一時、避難させる。何年なるかわかりません。それは行政がどれだけしっかりやるかにかかってきます。ないしは疎開させる。それで、もう最悪の場合は、除染をしてる間だけ、どっか、移動して。あと、この中閉め切って、畑かけるんですよ。そんなことしますかお母さん。自分がお母さんなって、今やってることってのは、部屋の中を、閉じて、部屋を閉じて、じゃあ綺麗にするからね、ちょっと待っててねってこう畑かけてるのと一緒ですよ。普通、自分がお母さんになられたら、ちょっとあんたら出てよっていって、掃除、しませんか。僕はちょっと、普通はそうするもんだと思いますけど、違いますかね、うん。今の、やってるときは、逆なんです。ちょっと逃げないでよ逃げないでよ、と、うん。ちょっと綺麗にするから逃げないでよって中に閉じ込めてるんですよ。違いますかね。

福島市内での反原発運動について

全体的にはあの、この、福島市での、運動ってのは、非常に、下火です。うん。ええ。これは、もう、残念なことですけど。なかなか人も、まあ後でのぞいてみればわかると思うんですけど、なかなか人も集まっていません。ええ。そうですね、うん。あの中途半端な、いわゆる、その言って見ればその、国が指定された、その認定された、汚染地域ではないんですよね、でもうここは、まあ、除染が終わったとされる、田村市とかああいうとこよりも、まだ高いんです。平均なあれで言うとね。で、濃淡がかなりあって、ご存知のように渡りであるとか、大极であるとかっていうとこは、まだ、高い線量のとこもあります。私のとこも、先月くらいに、やっと除染が終わったんですけど、実は、住宅除染だけってのは、自分ちの敷地内でしかやってない。だから前も、道路であるとか、道路の中の脇のそこが、その、何も手つかずになって、つまってるというような状況は改善されてないんです。自分ちだけは。


政府の

要するに、被害を受けた人は被害を淡々と言うしかないんですよ。ところが被害を隠そうとしている人も実際いる訳ですよ。で、その人らはあの、いかにも優しいことを言っていかにも解決できるようなことをおっしゃる訳ですけど。それを、いやちょっとちがうんじゃないですか、と言うことを皆さんの感覚で暴いて行くの方がま、面白いんじゃないかと思います。皆さんたぶん被害者だけを回ってると思うんですね。ところが、被害者はやっぱりなかなか狭いんです、視野が。自分が受けた波乱の中でしか見てない。それが相対的にその老い隠そうとしているとこの位置関係とかがみきれてないケースが多いんです。ところが、行政であるとか頭のいい人たちいわゆる原子力村とかいろいろ言われてる推進してる者は、結構澄観で見てるんですね。で、次ぎにどうゆう政策をすれば風評被害ははっと盛り上がって、どこにどういうお金を入れれば少し緩和するであろうとかどこがこの運動のキーポイントであるとかどこをちょっと撫でてあげれば人々がこっち側によるとか。そういうことを良く研究しているんです。我々よりも。だからこうずっと成功してきて押さえ込まれている訳でしょ。本来なら暴動が起こっていますよ、人殺しが起こっていますよ。それをうまく押さえている人たちのやっぱり技術とか本音とか何を目指しているかを探った方が面白いんじゃないかと。そこではまあ、余談です。だから被害者の仲の話を集めるのは以外と容易だけど、深みがあまり無くなっちゃうんで、やっぱり少し、それと対応できるような、それを老い隠そうとしている勢力がいてそうなってるという関係性を見ながらやらないと、ちょっと面白み欠けるんじゃないかなという気はしますね。

東京電力について

で、あのー私は福島ですから、福島住んでる者っていうのはいわゆる自主避難区域の人たちというのは、もう何も顧みられないと。要するに、えー12万というお金をま、あの、一部の地域で支払った訳です。でこれは内実では4万円だけが精神的な慰謝料で他は生活の援助みたいな形で東電が払った。それで終わりですよっていう形になっていうわけですよ。でそれも皆さん受け取り方もまちまちですよ。ウワァー12万も貰った嬉しいなという人もいれば、えー12万ではどうにもならないと。これで東京電力許すわけにはいかない、という人もいるだろうし。それらを考えてくると、そう、まだこれから紛失する問題も甲状腺の問題であるとかいろんなことでいってくれば、福島はまだ終わっていなくてこれから、ま、変な意味、架橋に入ってくるのではないかと。実際的に現実的な路線のもう今後見つけざるを得なくなる、提示しなくちゃならなくなる、全部避難って全寸期間って言ってた者も一部避難もしょうがねーや、って言うとこまで煮詰ってきてるんです。でこれは、なぜ煮詰ってきてるかというと皆さんご存知のようにオリンピック前になんとかもう解決しちゃいたいなということなんです。だからこれからが逆に言うと正念場なんです、あらゆる意味で。要するに、向こうがはめる型にはまってそのまま捨て置かれるのか、それとも別な解決方法を見つめて色々向かいあれするのか。だからそういう、ことを頭に置いておいていてビデオとか作ってやっぱり問題のあれをはかっていただけたらと思います。

避けられない原発事故の風化

いやあの、これは風化するのは当然ですよね。どんなことでも風化は必ず進むんであって、だからあの、風化してもしなくてもやっぱりやらなきゃなんないこととのは生活レベルであるんですよ。生活レベルで皆さんが要するに、その問題と直面しなくなったらもう風化の始まりなんですよ。例えば、食う食べ物にあまり留意しなくなった、マスクもしなくなった。ね、あまり放射線がいくつだかも興味示さなくなった。これは個人で止められるもんではありません。いくら呼びかけてもそのものは風化するんです。だから、風化していいとは言いませんけど風化は避けられませんよ。ところが、いつも崖っぷちにいるってことを皆さん忘れちゃうんですよね。

活動を続けるモチベーションとは?

真基本的にはあの、なかなか何も言わないで館箱の中に入る、要するに葬儀箱に入る、足をこう入れてるけど、なんか、一言言わないとなかなか死に絶えて行かないような世代なもんですから、そういう意味では。だから、なんらかその、昔取った杵柄的な社会運動に関わる、ま東京なんかでもやってらっしゃる中で、同じような世代の方が男女とも思いますよ。でむしろ40代とかね、そういう方が少ないというような、要するに、自分らが全協働世代の息子さんらに対しては、DNAを渡していないんです私に言わせると。ちゃんと伝えていないんです、渡していないと言うか。自分らがやったことの正当性をちゃんと理論立てて自分の生き様を説明しきれていないんです。実は。そういう問題もあるんです。じゃ私はあいにくというか、そういう子供もいないしあれもいなかったんで、あの、そういうことはなかったんですけど。だから、逆に言えば悪魔の全協働世代と言われてるがお前らがぼかしたんだみたいな論議を子供達から指摘されるんですね。そういうことって無いですか。うん。ま、皆さんはまだそれのお子さんになる訳です。だからちょっと違うあれなんですけど、ま、おじいちゃんの見方を冷静に見れる人とお父さんの、皆さんのお父さんの世代はあまり冷静じゃなくて生活の1面で付き合わなきゃならなかったから、なんでそんなことやってたのと。それで、いまなにやってるの?ということになる。じゃなんか思想的にはるかというとあまり良い参考になるようなことなにも無いねと言うような。そういう目で見られる場合もあるんですね。多分僕はそういうの嫌なもんで、ま自分がやってきたそういう学生時代とかそれがなかかったことをま逆の意味で言えば引きずっていると。それが言ってみればモチベーションになってるの。

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金井直子さん

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金井さんは楢葉町からいわき市に避難された主婦で、「完全賠償原告団事務局」で原発被害を裁判を通して訴えている方です。

被災者間のギャップ

例えば、義援金、支援金、仮設住宅。いろんな減免措置を頂いて、ハード面はね、ある程度生活する上では賄えてますよ。
だけど、そのなかでもさっき言ったように、家族みんなで失業しちゃったとかね。本当にもう過酷に困窮している人もいるわけです。でもね、みなさんにお話したように、少なくとも、うちの、私だけが失業して、あとの家族が、まあ失業せずに済んだので生活が成り立っているから、こういう時間もとれるし、私もじゃあ原告団の事務局長としての活動に力を入れようっていうこともできるけど、中にはそうしたくてもできない人もたくさんいるし、やっぱり人前でお話するとか、裁判所で何かをするとか、いろんな活動をみんなさんがこう伝えていくってことは、みんながみんなできないと思うんです。

安全神話

その放射能っていう意識がなかったんだよね。あまりにも当たり前すぎちゃってて。危険っていう意味が最初よくわかんなかったんだよね。だから、それこそ、ほら安全神話ってよく言われるけれど、絶対に原発事故は起きないって、そういう風にもう刷り込まれていたから。原発は安全なものだから、絶対事故は起こさないって。絶対トラブルは起きないって。でも何年か前にトラブル隠しがあって、一回問題になっているんだけど、でもほら、やっぱりその、何年も前のことなんか、みんな忘れちゃっているから。

原告団事務局の事務局長になったきっかけ1

(質問)金井さんがこのように、こんなこととか運動を始められたきっかけとかは、だいたいいつ頃だったんですか。
きっかけはですね、さっきのプロフィールにもちょっとかいたんですけど、一応、まあ避難をして家を借りて、まあまあ生活は成り立っていました。ところにこれ(賠償請求書)が、23年、平成23年のだから、2011年の9月にきたわけですよ。
これを見た時に、さっきも言ったように、何が何だかわからなくて。これは、はたして出すべきなのか、どうするんだろう、みんなはどうするんだろうって。すごく疑問が湧いちゃったのね。こんなの、こんなのっていうか、送られてきてさ、自分じゃ判断できないじゃない、って。で、そのときに、今一緒に戦ってくれている、福島原発被害弁護団に、後々に発足するんですけど、全国の、日本弁護士連盟だったか、なんかその日弁連といわれる弁護士の方々の中の、それも有志の先生たち、弁護士っていってもいろんな方がいるからね。その有志の方々が立ち上がってくれたわけですよ。で、これがまず送られてきた。で、世間でいわゆる、難解、不可解な請求書が送られてきたよ、と。で、それを受けて、まず弁護士たちが、あるときにね、この新聞の見開きにね、新聞広告を出してくれたんだよね。原発事故被害者の皆様へ、って。東京電力から賠償請求用紙が送られていると思いますが、それに関する無料のね、法律相談を行います。ご希望の方は、どうぞおいでくださいみたいな、そういう趣旨の新聞広告を出してくれたの。

原告団事務局の事務局長になったきっかけ2

とにかく、これ考えてもしょうがないから、弁護士に相談しようって。で、それが、無料法律相談会に行った時に、初めてお会いした先生が、後々今のこの福島原発被害弁護団の代表になった、いわき市の広田先生っていう先生なんですけど。そういうことがきっかけで、何回か先生とご相談を重ねて、そのうち、今のちのち一生懸命活動を重ねてやっている、今活動家の、元教員が多いんですよね、組合の活動とかやっていた方が多いから。学校の先生ね、高校の教員とか、県議会議員の方とかいるんだけど。そういう人たちと、やっぱりだんだんつながるようになってきて。で、このままじゃいけないってということで、避難者は避難者原告団、いわきはいわき市民訴訟ってことで。やっぱりその、出会いがあって、広田先生からの助言があったりして、いわきで支援してくださっているいろんな方からの、やっぱり情報だよね。だから、私もただこれが来て、ずっと自分で家の中に閉じこもっていたら、そういう人たちと、皆さん方ともそうなんだけど、めぐり合わないじゃないですか。

向き合わなければいけない恐怖

目に見えないことが一つと、あと、今現在進行形で、あの収束していないんですよ。全然。トラブルも毎日のように起こっているしね。で、増え続ける汚染水の行き場もないし、いまだから、中間貯蔵施設の問題が浮上していますけれども、それをどこに建設するかっていうこともまだ決定していないんですよ。で、ボーリング調査っていって、地質調査を双葉郡の楢葉町と、あと第一原発がある大熊町と双葉町。この三つの町に、調査はしたんですよね。いずれ、これはまだ確定ではないんですけれども、いずれこの三町に間違いなく中間貯蔵施設ができます。ほかにもっていき場がないんだから。これを県外に、っていったてね、福島の核のゴミをどこの県が、どこの都道府県が引き受けるんですか。じゃあ海外だったらいいんですかって、そうじゃないでしょ。やっぱり、もう自分のところで起きてしまったものは、もう自分のところで引き受けるしかないって、私は思っています。ただ、感情的には、その土地で代々ね、生まれて育って、その土地を守ってきた人たちは、自分たちの土地がそんな風になるのはいやだっていう感情はありますよ。それは聞きます。だけど、じゃあ別なところにどこに持っていくのって、行き場がないから、やっぱり、なってしまった以上は自分たちで引き受けるのかなっていうのが、まあ実情だとは思います。

福島原発被害弁護団

弱い人っていうか、困っている人を助けたい。とにかく、弁護士ってそういう仕事なんだけど。特にね、お金をとるためのじゃなくて、その困っている、何とか救済をのぞんでいるんだけど、っていうひとたちを、とにかく救いたいっていう、人権派の先生なんだよね。今活動している、福島原発被害弁護団に加入されている先生方っていうのは、全国のいろんな弁護士事務所なり個人事務所で、それぞれが弁護士活動をしていた人たちなの。そのなかでも、自分はこの福島の原発事故の被害の救済のために力を貸したいと。そういう有志の先生たちが、じぶんから進んで弁護団に加わっているんだよね。そういう動きってなかなか報道されないけれども。だから、福島県内でも、こういう話をしても、実際そこまで言って初めて、ああそうだったのかって言う人もいるし。

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