高橋 頼雄さん

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雄勝町の仮設商店街の横にある雄勝硯生産販売共同組合で職員として働いている高橋頼雄さん。元々震災前は自分の所で硯を作る会社を経営しておりました。津波で家は流され、現在お母様と森林公園の仮設で暮らしています。


残る理由
私は最初っから雄勝に残るつもりで、仮設住宅も早い時期だったら石巻中心部も早かったんだね、そこにも入れたんですけど、私は最初からもう雄勝の仮設に住みますと。その後も継続して住むつもりでいたので、仕事はもちろんここなのでね、もうそういう意味では私は逆にまあ幸せだというか、やりたいこと、好きなことをやらしてもらってるんで、まだ恵まれてる方かなと思いますよね。みんなよく言われるのが、いやよくこんな不便な所でって、何も、それこそコンビニもない、何もないって、いや最初っからそんな求めてないので、車で30分走りゃ何でもあるし、ていう感覚で暮らしているので。

一番梱包はここでの仕事が一番ここに材料があって環境があるわけなんで、一番やりやすいのはまあ第一と。あとはやっぱりあの生活自体が豊かなんですよ。季節季節に海産物いっぱいあって、買おうと思えば安く帰るし、別に買わなくてもいっぱい貰えるしとか。そういった人もいっぱいいたりして。まあ近所付き合いもずっと、あのいっぱいあって。今でも仮設に移ってもみんな雄勝の人ばっかりいる、みんな顔なじみなんで。なんか作ってる人いれば持って来るし、まああの山菜時期だったから、今なんか本当山菜食べまくり状態。毎日民宿みたいな暮らしてますね。で、まあそういうのが季節感もたっぷり味わえるし、仕事もここでできるし。私にとって、こんな良い所はないので、やっぱ住みやすいね。


若者の受け入れ
一応、あの募集かけてやりたい人いませんかっていうので入ってもらったり。あとはあの今度は若い子1人入るのは、地元の出身の人で、大学でちょっとその物作りも学んで、元々やりたいって言ったんで、震災のちょっとお手伝いというかインターンというわけじゃないけど、夏休み使ってずっと手伝い、ボランティアでやってもらってたりしてたんで、であのその素材を使ってこういうのをやってるっていうのを理解してもらって、それで大学を卒業するにあたり、まあその勤めたいんですって言ったらそりゃもう受けるというので入ってきてもらってるんですよね。そういった形であの受けていけば、ただ何人もっていうのはまだね、そんなに水産体制とまあ売り上げも上げないといけないので、そのためにはまだしっかり売り上げをあの今よりもきちんと上げて、ちゃんとして自営をもってやればすぐ来たい人も受け入れられるんじゃないかなって。とにかく売り上げがそのまあ良い物作って、ちゃんとした物を売っていけば、必ずあの人は来ますと思っております。


伝えたいこと
震災から3年以上経て、えーまあただあの、ハード的な状況は変わってはないです、ま瓦礫片付いて、まあ少しずつは進むとは思うのですが、私らはあの仕事は切らさないつもりでずっと、まあ特に私らの硯の仕事ってもう600年以上続いているので、それはもうどうしてもここで終わらせるわけにはいかないというので元々始まって、あの色々本当に報道等で取り上げていただいてるので、注目度は前よりよく見てもらってますので、その中でちゃんとした物をこれからもここで作っていこうと思ってます。そのためには、是非あのいらない、無駄な物は作らずに、あのもうシンプルに生きたいんですよね。でここにあのぜひ来てもらって、まあ別にそんな災害がまあ頻繁にあるわけでなくて、来てもらって、安心して、何かあってもきちっと誘導等もありますので、何より私らの硯もそうですし、あのここ海産物、ホタテが特に有名であったり、まあ夏場だったらホヤだったり、魚とかとっても美味しいところなので、でそういうお店ももうちゃんと、仮設ではありますが、営業してるので、何かしらお手伝いにとか、何もしてねから申し訳ねえとかじゃなくて、行っちゃいけねえのは全然ないので、あの遊びにとにとにかく来てください。あの良いもんと美味しいもんはしっかり、それは雄勝だけじゃなくてね、あの東部沿岸部みんなそれでもう一回立て直すので、一生懸命頑張ってるので。普通にとにかく遊びに来て、まあ正直お金ちょっと使ってもらうのが一番早いので、お願いします。


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今野 瑠理さん

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これから養殖業を始めたいと考えている今野瑠理さん。雄勝町の豊かな自然が好きで、震災後も雄勝町に住み続けたいとおっしゃていました。


雄勝に残る理由

生徒: 雄勝町にずっと住み続けようと思った理由は何ですか?
今野氏: 一番はやっぱりこうおばあさんのそばにいたいっていうのもあるし。この桑浜っていうこの場所が好きなんですよ、一番は。自然が好きなんで、そうですね。もうあっちっていうか石巻の方には住む気がないっていうか、おばあちゃんになるまではずっとここにいたいですね。
生徒: 石巻市内の方へ買い物に行くとおっしゃてましたが、石巻はこの町とは違いますか?
今野氏: そうですね、確かに石巻のあっちの方に行けば、買い物も普通にできるし、豊富なものはいっぱいありますけどやっぱその空気はあっちはちょっとあれなんですよ、自分は合わないというか。やっぱここにいて少し散歩するだけでもすごいリフレッシュできるっていうか、その安心感もわくし。あと何より人の良さがすごいここいいので、あっちに出ると知らない人ばっかりっていうのもあるんですけど、人のふれあいが欲しいというか。このはい、人の良さが一番いいので、やっぱここにいたいと思うんですよね。


町から引っ越す人
生徒: この町から引っ越す人と引っ越さない人の違いは何ですか?
今野氏: 養殖業が全部一旦だめになったんで、もう一回するのにはすごい多額のお金もかかるし、それでやっぱ出稼ぎっていうかあっちで仕事して暮らした方がお金もかからないし。あとはここはあの、おんちゃんっていうか年結構いった人っていったらおかしいんですけど、結構あの老人とかしかいないんで、あっちの方が住みやすいというか、あっちの方にその娘息子がいるから引っ越すっていうのが多くて、なんででも一番は漁業ですかね。できなくなったんで引っ越そうっていう
生徒: これからるりさんはどのようにこの町で暮らしていきたいですか?
今野氏: そうですね、うん。私も養殖したいと思ってるんですよ。少しの養殖でもなんていうんですか、お金にならないのはわかってるんですけど、少し人残ってほしいので、自分が若いほうなので若者が養殖とかなんかしたら少しぐらいこうなんていうんですか、こういう若者もいるんだっていうことで、桑浜じゃなく雄勝町にこう戻ってきてほしいっていうのが望みというか、少しその気持ちはあるんですよね。


復興の様子
今野氏: 実際本当に復興ていうのが進まってるか分かんないんですよ。道の桑浜漁港もまだこう整備もされてないんで、なんで違う地域は整備されているところは整備されてるし、今してるとこもあるんですけど、桑浜っていうとこはなかなか進まないんですよ。だから確かに漁業の養殖は始まってるっていう復興はできてるんですけど、漁港はまだこう石だらけってのもあるし。そうですね。


ボランティア
生徒: ボランティアとしてはこれからどのような形で携われると思いますか?
今野氏: そうですね、本当来てくれるっていうその気持ちだけでうれしいんですけど、やっぱボランティアの人たちも話しかけてくれるんですよ。それはすごく自分にとってうれしいし。もちろんここもきれいにすごいしてくれたし、こう個人で来てくれる人もいるし、団体で来てくれる人もいるんで本当感謝してるというか、ここもなにかできるみたいですけど、できた後もどんどんボランティアさんに来てほしいですね。何も仕事がなくても遊びに来てほしいというか、それだけでも人口増えるというのもあるし、一瞬だけでも。なんで本当来るたび、毎回楽しいですね。


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遠藤 一雄さん

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閖上で生まれ育った遠藤一雄さん。定年退職後も、閖上4丁目で暮らしていましたが、津波により家が流されてしまいました。現在では愛島東部仮設住宅の会長を務め、遠藤さん自身も愛島東部仮設で暮らしてます。震災後の仮設住宅での生活を中心に、会長として見てきたこと、感じてきたことなど様々な経験を話してくださいました。


区間わけと行政

Q. 小学校中学校は地域によって分けられていますか?
みんな一緒ですよ、あの、おおまがりっていうところがあるんですけども、ちょうどここから閖上の中間ぐらいに、そこまで閖上の区間なんです、学区みんないっしょです。

Q. どこからが閖上でどこからが閖上じゃないのか、ひとそれぞれ考え方が違うように伺いました。
そうそう、あのね、閖上のね、いまでいう、小学校あるね、ひいらぎの、あの辺までが、閖上区間なんです、名前はね。そしてそこから西側は丘区っていうんです。「おか」ね、普通の「おか」、丘区っていって、だけども学区はみんな一緒で、あの町内の運動会とかある時はみんな一緒ですから。

Q. 小学校はひとつですか?
ひとつ、中学校も一つ、ええ

Q. 丘区の方々も閖上に含まれますか?
そうですよ、うん、ただこうほんとの閖上っていう地名がついてるとこが閖上っていう感じだけども、その丘区ってとこも閖上地区さ入ってますから。だから今市長さんなんかよく現地再建でやってるっちゃね、やってるけども、丘区の方さ みんな住みたいってみんないうの現地再建より、こっちは閖上じゃなくて丘区っていうんだけど、結局みんないっしょなんだよね。結局みんなお互いに学校も小学校も中学校も卒業しておっきくなっても同級生だなんだってやってるんだから、それを市長さんわかったらうまくいくんだけどね本当は。こっちは閖上じゃない、こっちは閖上だってさ、差別したらよくないと思うんだな、そういうことやってるから進まないんだな

Q. 地名だけでみていて、
そそそ、そういうこと。

Q. 人間の関わり方に目を向けていないということなんでしょうか?
そそ、まぁ今閖上のことやってからだけども、こっちの人は差別だよね。普通はさ、名前から言ったら、同じ名前で暮らしてるんだからさ、だからそういうことやってたら復興もなかなかままならないんじゃないかなって、うん、行政の考えと違うから、うん。反発力がすごいんですよ。だから今このままで行かされて、工事に着工したとなっても、行く人がいなければまた見直し、するようになっから、市長さんも大変でないかな。

Q. どういった方が行政に関わっているんですか?
私たちはその名取市閖上地区の住民さんの意向をこっちを住みたい人の意向を、その人らの意見を市やなんなりに提出してやって、署名とかもやってましたよ。

Q. 受け入れてくれる感じではないのでしょうか?
あまりないね。市長がそのこうあんまり…かもしれないけど、普通なら市長さんこう長い時間で対応するでしょ、5分3分くらいでぱっと退出するんだもん、話にならん、うちら今こういうことやっても、宮城県会議員さんとか、俺ら一緒になって担当の西村さんとか今年の6月からな、復興庁にいってきたんです、西村さんと県会議員さんと私と、復興庁の大臣とお話ししてきたんです、でもあっちでも頑張ってくれって…てことで復興中の中でね、普通はすぐ帰るんだけどもね1時間以上もお茶のみしながら、大臣と復興大臣と。

Q. お気持伝えたんですか?
伝えましたよ。それで、それが県の審議員会に挙がったわけさ。ほら、西側さもってくとか、あと今計画どの場所をさ、災害公営住宅っていうのがたつんだってね、その公営住宅お寺の跡地さ建てたりっていう計画なのさ、誰もお寺の跡地にばっとたててもらって住めないですよね。まぁ先祖さんの頭こう踏みつけらってるようでねお前ら何やってんだっていわれそうだっちゃさ。で最初「建てる建てる」ってがんばってて、その私も市議会で代表で喋って、知事さんのいるところでさ。したら知事さん怒ってさ、市長と答弁することになったら、そうしたら建てませんってその場で言うんだよ。住民はその日まで建てるって思ってんだから、それで判断してんだから、そしたら今度建てねーっつんだからさ。じょうだんじゃねーってさ、その時のがれればいいっていう感じで話すんだよね。


ボランティアと自立

んー、やっぱりみんなもね、震災になって、ここにきたはいいは、人からもらうようなことではだめだと。ここから5年ないしね、出てきた場合自立心がなくなるから、まぁ出て行っても自立できるようにみんなでがんばるべって、ことでみんなでやってる。だからうちにほかの仮設みたいにボランティアさんにこれやってくれってさ、絶対うち言わないです。うん、だけども一度ねこの自治会で年に3回大きな祭りあるんです、3月4月になったら花見とかね、夏祭りとか、あと10月になったら芋煮会とか、それでここの自治会でみんないろんなことやって、ここだけだとあれだからって、たとえば上智大学さんに手伝ってもらってるから、その人さ声かけて招待しましょう、招待しながらやってるんです。うん、逆に。まぁお返しっつったらおかしいけど、俺たちにできること、ならやりたい。世話なった人に声かけて、だからNPOやってもらってる人とか文化大学とかね、なにもいらないからとにかく食べに来てくれって、うん。


閖上に戻りたいか

まぁね、俺たちも先祖さんたちからの代でずっと閖上にいるから閖上に戻りたい、でも、さっきもゆったけど丘区も閖上だから、その災害危険区域のちょっと西側っていうのもあるわけだっちゃ。だからそのへんでやっぱりやらねーと。ここからはもう閖上から遠くに行くっていうのは考えられねーかな。なるべく海の近くにはいねーとって思ってるけど。


遺体安置所での経験

そしたらだいぶ人亡くなってるってことで遺体安置所もうけたのさ。そして、二日目から私2か月半ぐらいその遺体安置所さ確認にいたんです、町内の人達もいるからね。で全部、最寄りの人みんな見つかって、連絡して引き取ってもらって、2か月半やってた。

Q. それは自分からやり始めたのですか?
そう、で、もうほれ、知人の弟だのいないだの、で、弟さんがね、ちょうど15日してぐらいあがってさ、俺が最初に見つけて、…あそこの息子さんだけ見つからなかったんだ、やっぱりお父さんより早く見つかってたのね。ところがね遺体がこっから半分しかなかったんです。それで見せられなかったから、DNAで4日ぐらいしてからわかったけども、で、私140体か150体ぐらいみんなに引き渡したんだ。分かってる人…もうあんな時は、ああいう人間見たりすっと思い出すでしょ。夜なんか。1日2日目ぐらいは、「あ、こんな人いたんだ」ってぐらいで、もうあとは日にち経ってくるとみんな一緒の顔してるよ。…だからなんともなくとは言わないけど、見つけても助けてあげれなくて悪かったってぐらいで引き渡ししたけどね。そういうことなんです。だからやっぱりね、だから今こんなことして、会長やって、みんなの協力もらってってことは、俺は生かされたから少しでもみんなのためにやらないとってやってるけど。まぁみんな長沼君とか役員さんたちがいいからね、みんなすぐに声かけると協力してくれるからそれだけがありがたいです。

Q. 震災を経験して人との協力性が本当に大事だなって、実感しました?
あー、思いますね、やっぱり何もない平和な土地は結局声かけたりなんだりしてやってけるけども、やっぱりなくなったら協力がないとやっていけないさ。個人個人ではね。


ボランティアとメディア

やっぱりやってくれてる人は一刻も早く復興してもらいっていう感じもあるんでねーの。やっぱりいろんな形で聞くけど、よく日和山に花植えるとかさ、でも結局花植えてもさ、正直な話、水やりにも来ないでしょ、植えるだけで、だれが水やるか。で、一回植えれば次に来ないでしょ、うん、そういうのまぁボランティアはボランティアなんだけどさ、ふつうやるならああやってSTEPさんみたいに、寒くても毎日3人でも5人でもね、やってるっていう人のほうがほんとにああいうひとをよく感謝しないと。んださ、花植えるのは一時的ださ、であと来ないんだよ。それでまた1年くらいしてから例えば花がなかったから花植えるかとかさ、それで植えっぱなしで誰があそこで水やりなんかするのね、しないでしょ。

Q. 単発なんですね。
そうそう、その単発的なことをやってんだ、ってことよりもさ、もう少しやり方があるさね。単発でなくてさ、やっぱりSTEPさんみたいにね、ああいう風に毎日とはいわねーけどさ、例えば2か月に1っペンとかね。あと植えた花どうなってっぺってじゃぁ水やってって、てくる人もいるっちゃね。

Q. 長期的なボランティアということですか?
そうそう、まぁ水かけなんかは5人や3人ぐらいでいいんだから。うんそんなに団体で花植えにさ来ることはないんだから。とは思う。
んー、メディア、の方でも、それをやっぱりある程度伝えるんだから、伝えるに対して、例えばこの人達がこれをやってくれたからとか、そういうことばっかりでなく、あたりの住民とか、だからおれが今言ったようにさ、ね、一回植えたらそれでいいって問題でないということば取り上げて言ってもらえれば、ある程度その団体でもメディアでぽっと流されれば、これはこれではまずいのかなって考えると思うのね。

Q. 最初から最後までやり切れてない部分があるんですね。
うん、そうなんだよね。まぁ俺だけの考えだかなんだかわかんないけど。それは見てたら、長いこと見てたら分かると思いますよ。

Q. やっぱりメディアも単発的な部分もあるように思います。

そうそう、だから日和山も鳥居いったって今花なんかないでしょ。暖かくなればまた出てくるっかもしれないけど今はないです。っていうことは寒くなったらこう葉牡丹植えるとかね、冬の華ね。やってれば、やってろばってことはねーけども、うん。それくらいの気持ちでね、やるくらいだったら、みんなも「あーまだ綺麗な花、冬になればあがってるな」とか、うん。そうするとねやっぱり度々やってると閖上の人さ、「あ、水もやんないで」ってかけてってくれたりするんだよね、だからこの間神戸から来てくれた人達、やっぱりみずやりしてっいったけろよ。やっぱそんなもんですよ。そうやって他の人気づいてやってるんだから、そういうの度々こうやってけば、住民に分かって、行ったらば、たとえば「ペットボトル2本持ってって水かけるかー」くらいのね、それが集まればそうとうなもんなるでしょ。だからそういうのも考えろば、いいのかなとか。うん、とは思います。うん。


これからの閖上の理想と現実

Q. 遠藤さんは、これが一番理想的な閖上だ、こういう町が将来あればなど、どのような閖上を想像していますか?
うん、結局ね、こ、2年前からやってんだけどもそういうの。みんな私たちの方で、図面だの出して市の方さ提出したりしてるんですよ。でもやっぱ受け入れられねーんだよね、うん、だめです。だから例えば閖上の大橋あるでしょ、あそこから仙台市さいくっちゃね。あそこも私たち最初提出したのが、ここ道路ね、閖上の仙台市の道路から、ここ嵩上げ(かさあげ)ずっとしてもらって閖上きて、今の大橋をちょっと海側にもう一本建てて、そこから嵩上げして飛行場のほうまで嵩上げしてっていうのを提出したのさ、そしたら市役所ではこっち仙台市だから仙台市との調認はむずかしいて、仙台市ではそういうことしないってゆってたのさ、そしたら仙台市でここかさ上げするってさ、あの、閖上の大橋まで6メートル、それを最初っからおれらゆってたやつなの、みろ、仙台市にとられたろって、なんつことなかったのさ。だからそういうことあるからむずかしいんです、我々一般市民がいろいろゆっても文句としかとられられないんです。だから市長さん曰く、進まないのは住民が悪いとかそういうこと平気で言ったりするんだから。で俺たち今、俺たちの会がほとんどでやってから住民のあれで。そしたらちょうど夏祭りの日、市長が来たんです。そしたらおれんとこ来て言うわけさ、「早く復興したいんですけども、遅らせてる人ら足をひっぱってね、いる」ってさ、だから「それは市長違うんでねーか」って、「市長も一応ここは誰も反対してるわけでないと、ここはここでいいから、もっと西さ行きたい人のことも考えたらいいんでねーか」って、言ったら、「いや、遠藤会長ば足引っ張ったりしてる」っていうわけ、「俺の名指しぜってーゆるさねーからな」って。ここでみんなの前でだよ。そしてみんなさ頭きてさ。「みなさん俺たちがやってることは足引っ張ってるって市長が言ったから」って、みんなわかってるんですよ。だから「あのやろー」って、だから市長にみんな挨拶して来いって言ったらみんな無視するんだよ。無視。で、そのあとに小泉しんじろうさん来たわけさ。で、小泉しんじろうさん来て、市長が1回挨拶しようと思ったら、みんな挨拶する前にね、「市長出てけー」だの言うんだよ。そういう言われ方もしてるんだから、だからそういうの聞いたらしんじろうさんも分かるは、「あ、この人はたいしたことないんだな」って。だからそういうの自覚してるよね、同じ街作るんだったら、まぁ良い町つくったらいいさ、そういうこともしねーから、もうなに言ってもだめですあの人は。
っていうのは一番機能してねーってのは住民の意向聞かねーからだよ。うん、これやりますよっていうだけだから、やるに対しての説明会もねーんだから。

Q. もう決定してるんですね。
そうそう、行政で青写真出てきて、「はい、今度こういうのしますよ」って始めて言うだけだから。で、そしたら今度なんやかんやって住民が言うと、また別なの、作って今度こういうなのやりますよって言うだけだから。

Q. 説明会で決められたことを言う前に、住民の考えを伝える場というものはないのでしょうか?
ないです。

Q. 完全に決まっている状態なんですね。
そうそう。決めてから持ってくるんです。

Q. それがやっぱり遠藤さんにとって一番言いたいことですか?
言いたいさ。

Q. 住民の意見を聞いてほしい、と。
最初は住民さの意向、こういう所に行きたいとか、こういう風な作り方してもらいたいとか、言って相談して、じゃぁ100%はいかなくても、じゃぁ80%とか、90%とかしますよって言って納得してやるんだったらはいるよ。でもそういう説明もないから、はい、決まりました、はい、決まりましたよって。今の復興案もそういうもんでしょ、うん。


伝えたいこと

Q. 外部の私たちに何かできることってありますか?
うん、やっぱりねそういう人がぜひとも、その区画行きたくないっていう人達のこと、行きたいって人はもう少ないんだから、行きたくないもう少し西側って人のことも声高々に言って、伝えてもらえれば

Q. 「西の」とはどの辺ですか?
うん、ようするに閖上、たとえばこう、あって今こう、区画整理がいまこの分だとしますね。そうするとここ、仙台空港の閖上大橋の道路だとしますね。そうするとこう、ようするに西側っていうのはこの辺さ。
だからその辺さ、住みたいって人が多いんだから、ここじゃなくね。それでここまでは嵩上げして、3メートルの嵩上げするんだけど、この道路から閖上大橋の道路からこっちはかさ上げしないんだから、そするとこっちさいくよりもこっちだったら金少なくて、たださっとね、ならしただけで住めるんだから、そういうことも考えていかないとね、小学校の周りさ住めるうちいっぱいあったんだから、そういうことこう人がいっぱいおりますよってことで、バンバン伝えてもらえればみんなも分かると思いますよ、そういうことやっぱメディアでも学生さんでも伝えてもらうと、やっぱ役所とかでもみてっからそういうことあのーようするに市役所の職員ってのは部長さんでも課長さんでも市役所がこういことおかしいなってのは思ってるっちゃ、だけども市長がいっから、答弁でも言いたいこといえないっぺさ、へたなこというと市長のとんでもないとこ破線するっから、こわくていえねーわけさ、うん。

Q. 権力ですね。
うん、権力、だからやっぱりメディアのひととかが、こういうとこからこう伝えてもらえれば、いやこっちのが早いと思うよ。

Q. じゃぁ、行政は自分たちが関わったところに住ませたいっていう、自分たちがやったっていう、手柄っていうかみせたいんですね
うんうん、現地再建っていうもの、それだけだから、だからこの震災になってこうこの辺でいうと、現地再建になったのはあんまりないでしょ、この辺だけでしょ。そういうことなんです。

Q. 外部に住んでいる方や、震災を経験していない方々に伝えたいことなどありますか?
うん、まぁあれだな、やっぱりこう復興のことにしてもさ、外部っていうか人たちは聞いたり見たりしなきゃわかんねーわけさ、ちゃんと進んでるんじゃないかって思うさ。ところがこういうこともあって、みんなも苦労してるっていうことを伝えてもらえれば、うん。まぁ忘れないで、見ててください、って。なにかあった時に応援してくださいって。まぁ応援っていうのは物をくださいっていうんではなくてさ。こういうことで何かあった時にそっちからもがんと口をいれてもらって。やっぱり外部の方からもみてもらえればそれはいいことだからさ。


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大貫 満喜子さん

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生まれも育ちも閖上だが、一度そこを離れた大貫満喜子さん。戻ろうと考えていた時に震災が。彼女が閖上に込める思いとは。


閖上の好きところ

なんだろうね。全部ひっくるめてなんじゃない?人も、あの、場所も。くうきも。風も。全部。だ、これがっていうのはないね。全部総合的に好き、うん。嫌いなんだけど好き。わかるかな。あのね田舎町って最初に言ったじゃない。田舎だからこそ人間関係もちょっと複雑なとこもあったりするわけ。


これからの復興について

まあね、元に戻んのは当然無理なんだからさ。やっぱ1から作るわけでしょ。それはみんな楽しみながらやればいいのにね。結局昔だってそれなんでしょ。閖上って昔から本当に古い歴史はあるんだけど、古いものは何にもないのさ。つまり何回も津波の被害にあってるんでしょ、おそらくは。当然のことながらだけど。てことはさ、流される度に作り直してるわけじゃん。だったらもう一回作ればいいんじゃない?それもそんな色んなしがらみなくさ。今一番問題になってるのは、名取市は現地復興とかいって、だから話矛盾すると思って聞いてると思うんだよね、きっと。なんで私が名取市に対して敵意をもってるかっていうところ。現地復興ならそれでいいじゃないかって思うかもしれないんだけど、結局なに、行政側のほうでこうしろみたいにして作られたものの中に戻っていくていう感覚はどうなのかなって思う。もちろんほら、一人ひとりで難しいのはわかってるし、行政はそのためにあるから、まずはレールを敷いてそこに住民の戻るっていう。それはわかるんだけど、なんか強制連行みたいなやり方での現地再建案っていうのはちょっといただけないんでないかなって。みんなが自然に戻りたいとか、戻るっていうふうな、風に作ってくれて、それで初めてみんなで楽しみながらね、いい町作りができると私は思うんだけれども。そうでないじゃない。ここじゃなきゃいけないとか、それも嫌がってる人まで無理強いするような感じで戻そうとするでしょ。そういう意味ではいい町なんか作れないもんね。だから楽しくね、本当は明るく、前向きに、もう一回一からやればいいだよね、別にね。そんなかさ上げ、まあかさ上げは安全性っていう意味では必要なのかもしれないけど、そこまで行儀よくしなくていい。逃げるとこさえ作ってくれればいいと思うし。そんな大きい商店街、なんだか今日も見たけど、なんかね。円形のもの、すごい商店街作りますって。そんなもの最初に張り切って何なのって。そうでないんでないのって。住みたいなって、戻りたいなって思わせるようにしてくれなきゃね。そういう風になんないといけないし。


生きていくうえで一番大切なこと

なんでしょうね。うん。まあつながりとかじゃないかな。うん。ちょっとね色々話しながら、さっきのほらあんまり良い事なかったみたいなね、あったけど、そういえば一つあったなっての思い出したの。それがやっぱつながりかな。それこそ震災がなければ出会わなかった人たちもいっぱいいるわけよ。閖上の人も含めて、ボランティアの人も含めて、支援してくれる人も含めてね、こういうことがなければ絶対一生会わなかっただろうっていう人いっぱいいて、そういう人たちの顔が浮かんだのね。そういえばそうだったと。今でもずっとねいい付き合いをさせてもらってる方もいる。全然目立たないんだけどね、そういう人たちこそでも、だからもっとポッと出てくれればいいのにさ。本当に継続してやってくれる人たちってね、あの、それこそマスコミとかに出てこないのよ。陰でひっそりとやる、地道にやるからこそ継続するんだろうしね。そういう人たちはありがたいし、今も繋がってますね。そんなもんぐらいすか。


閖上の復興が遅れていることについて

閖上は住民が悪いから復興遅れてんだみたいなさ、見聞きするの。見たくはないけどやっぱ気になるから調べるそうなんね。決してそうではない、決してそうでは ないっていうことを知ってほしい。みんながみんが反目しあってるわけじゃない。みんな町が大好きで何とかしたいって思いがあるがゆえに色んな議論してるだ けで、そこの合意形成をするための調整役が本当は行政であるべきなのにそれをしようとしなかったからここまで来ちゃっただけの話で、住民がみんながみんな いがみ合ってるわけじゃない。本当はみんな閖上が好きで良くしたいからやってるだけだってこと知ってほしいかな。ぜひおいでませ閖上、みたいな感じ。


メッセージ

まずはやっぱりぜひ来てほしいと。まずは現地に来てくださいと。どういう町なのか想像してね、車でこう通り過ぎるんじゃなくて、歩いてほしいの、そこにどれ だけの人が住んでどういう町だったんかって想像しながらぜひ足を運んでほしいなと思うし。まあね、みんなが楽しく暮らせるような町づくりになるように見 守ってほしいなと。


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