徳水 利枝さん

インタビュー一覧へ戻る


ふるさとである雄勝をなんとかしようと、ローズファクトリーガーデンという素敵な庭園を造られました。ボランティアの方々と力を合わせ規模は拡大し続けています。みんなが立ち寄れる場所の必要性をお話ししてくれました。


足を止める場所が必要

出るのも雄勝に戻るのもみんながみんないずれも笑っての選択じゃなくてそれぞれがつらい選択をせまられた3年間かなと思います。3年経った今が今の雄勝の状況で、まぁ今みなさんみても、誰が来ても人がいないね、みんな変わらないねって言われるんですけど、でもこういう現状になっております。私はここをやり始めたときには何にもなくて、写真一応出したんですけど、全く何もないときでした。今は仮設商店街、・・・商店街があるんですけど、・・・商店街もないときでしたので、多くの人が仮設が外にあるから外に避難するんですけども、お墓だけは残るんですね。お墓だいじょうぶだったので、そうすると震災で亡くなった方もいらっしゃるので、お墓詣りに来るんですけど、ここら辺の人は昔お墓詣りしたら、そのお仏壇があるところによって、またお線香挙げてっていうのが普通の生活だったんですけど、震災後はお墓詣りしたらどこにもいくところがなくて、ばたばた帰っていくっていうような。私もはじめそうだったので、それはほんとに忍びないなと思ったので


メッセージ1

Q:・・・伝えたいこととかってありますか
徳水氏:そうですね。あの、伝えたいこと急にふられても
Q:雄勝町のことでもいいですし、このWebsiteを見る方にでもいいですし、なんでもほんとに
徳水氏:まぁあの、ちょっと忘れかけられているところですけれども、こういう町があるんだということをみなさんに分かってもらえたらうれしいなっていうのはひとつありますね。雄勝は何もなくなってはいるんですけれどもまだまだこれから進めていかなきゃいけない、行こうと思ってるところなので、ぜひ一度来て観てもらいたい。震災、どうしよ、伝えたいこと急に言われるとどうしましょ
Q:今全然流れてないので、ここがどうなっているかってのも全然わからないですし、
Q:すごく、復興が完了しちゃったようなイメージなんですよ


メッセージ2

Q:最初来てびっくりでほんとになにもなくて、
徳水氏:みたひとでないと、それですね、みたひとでないと復興はまだ終わってないのとか、ここまでいったよっていうのはみたひとしか話せないと思うんですよ、きてみないと震災の映像っていうのはせいぜい180度じゃないですか。でもすべてないってのは360度なんですよ、その360度なにもないっていうのはなかなか伝わらないので、まぁあの一番は来て観てほしいなっていうのがあります、そして、全部なくなったところで、そこで生活をもういっかいやろうっていうのってそれまでのかちかんっていうのも全部変わるんですね。全部作ってどんどんお金が入ってくるっていうような状況じゃないので、ある程度の生活で、それでも、いい別な尺度での幸福っていうのになっていくんですね、そういうものもあるんだっていうのもぜひ来て味わってみたらどうかなって思います。別の尺度での幸福、もしかしたらきて、短い2、3日の滞在でも感じることってあるかもしれない、余計なもの壊さないで乱さないである程度の循環していく中で、感じる幸せとか満足感っていうのが雄勝にはあるので、きてみて味わってもらえたらいいかなと


インタビュー一覧へ戻る

佐藤 秀平さん

インタビュー一覧へ戻る


雄勝に残る数少ない20代の佐藤秀平さん。トラックの運転手として日々働き、明るい性格で雄勝の運動会を盛り上げる姿が印象的でした。雄勝に残る理由や、現状、雄勝に対する想いを話して下さりました。


雄勝に残る理由

おれ、会社の所在地が雄勝町なんだよ。こういう小さい乗用車じゃないんで乗ってる車も、大型トラックだし、いろんな所にまさかあちこちに停めるわけにはいかないし、まあなんとなく街に出る気は最初からなかったので、だからいいや、人がいないなら、いっその事何かおれのものだ。何したって怒られねーぞ。みたいな感じで思っちゃったんだけどもね、んー何が良くて残ったって分からないおれも。
でも、おれは仕事で石巻に通ったり帰ってたりする道のりが好きだったりする。その山の景色をみて、桜芽吹いてきたなとか、ああ紅葉きれいだなとかさ。ああ、今日風強いなーとか海荒れてるなーってそういういろんな所みていくのが好きだから、たぶん残ったのかもしれない。うん。まず静かだし、そしてこう今からどういう風にこう再生されていくのかなっていう楽しみもあるし、果たして本当に元通りに戻るのか、それとも近未来化のモデル漁港みたいになるかよく分からないけども、まあそういう楽しみもあるし。そして人手も足りないから、若いような人でもだからそのアルバイトとかもしやすいし。お願いします使って下さいって言われなくても来てけろって言われれば、それで終わりなんで。だんだん、元々人もいなくて狭い所さね、さらに少なくなったから人間関係は濃くなったし。


震災後の友達
周りの友達っていう友達ね、みんな街に出て行ってしまったから。今つるんでる友達というのは、震災後にできた友達がほとんどだから。高校だって街の高校ですし、俺らの学校は進学校ではなくて、就職が80%ぐらいしめてる学校だったからみんな船のったりとか、卒業して一度も会ってない友達もいるし、どうなってっか、生きてるか死んでるかも分からない人だっている。
(震災後にできた友達)あのー、いつもの友達と遊んでて、友達の友達、の友達の友達とか、だんだん枝分かれしていって、類は友を呼ぶって似たような人たちが、こう集まって、たんかなー
石巻の人ではあるけど、雄勝の人ではない


雄勝の未来

周りの人たちはさ、人が住みやすい場所とかさ、若者が帰ってきてとか、そういうのは望んでも叶わない夢だから。若者とかそういう人たちは、あっちの方に土地を買って家たててる人もいるし、あっちの方に復興住宅申し込んでる人、中には戻ってくる人もいるけども、おれの理想はこじんまりとした、本当に震災前にただ戻ってもらいたい。渋滞とかもなく、あまり人混みも起きず、たまに1年に1回のね、ウニ祭りとかさイベントがある時ぐらいで、本当に1年中人が来られたっておもしろくないから、シーズン的に来てほしい。海開きとか、ウニ祭り、ホタテ祭りとか。後は、もうちょっとライフラインを。ライフラインというか、雄勝から一歩も出なくても生活できますよ、というレベルまで戻ってもらいたい。


インタビュー一覧へ戻る

佐藤 富寿子さん

インタビュー一覧へ戻る


雄勝の羽坂に住む佐藤富寿子さんの家では、近所のお母さん方が集まるお茶会にお邪魔するかたちでインタビューをさせて頂きました。佐藤富寿子さんを初め、母の佐藤満子さん、近所に住む永沼千代子さんと佐藤元子さんのお話を通して、雄勝の昔の様子や震災後に雄勝に残る人々の声をきくことができました。


守るべきもの

いろいろだから小さな部落なんだけども、小ちゃな部落だからねやることが多いんだよね、あれもこれもってあるんだてば、都会にはないそういう流されないものがさ。さらって流されないものがあるから、以外とそれを維持しているのが、負担が大きいというか、残された人たちがね、大変なの。守っていくっつことが大変なことだったんだなっていうことは、私はずっとここにいていっつも思うことなの。
守ることは大変だって。お母様方に手伝ってもらって、はりきとうなんかもずっとやってきたけども、もうお正月の元旦からだよ。みんな家に来て泊まるでしょう、家に来て帰ってくるわけでしょう。もうゆっくりするどころか、次の日の準備しなきゃならないから、ここ全部外してだよ、全部外したまんま、さあ起きろ、4時になったら起きろ起きろって。もう前の日舞い上がって、飲んだ食った、わいわいやるでしょう。もう子供たちは起こされるや、うーん本当にね、そう思うと何十年もそういうのね、ここで皆お母様たちに手伝ってもらってね、やれたことだけど。本当にその時、ましてやうちお婿さんだから、全く持ってうちの事はわからないいんだ。だから大変な思いしたと思うんです。だから本当に守るということが大変だなって。


昔の雄勝・地域とのつながり
永沼千代子さん:(他の浜との交流)昔はあまりなかったね。婦人会っていうのが雄勝町にね、公民館であって婦人会のいろいろな行事とか・・・
佐藤富寿子さん:婦人会なんかったら人も多かったみたいよ。
永沼さん:でも戦争当時の婦人会がほら、兵隊さんにね。
佐藤さん:交流会と言えば、運動会ですよ。運動会が一番メインのもので、雄勝町体育大会という・・・それがね、部落根性というのかな、その部落の根性もすごいんだから。
永沼さん:部落が15浜あって、北上町が13浜あったの
佐藤さん:行事はね、イベントっていうのはまず雄勝祭りは最近の事であって、本当の交流というのはね、その会その会って婦人会とか老人会とか、そういう会があるでしょ。そういう時ぐらいであって・・・行事があれば参加するだけだよね。さっきも言ったけど運動会が一番のあれ出すところだな。あれは面白かったよ、最高。


震災後のつながり
でもやっぱり考えてみると、まとめてもあれだよね、昔やってきたことが続いてるということはいいことだよね。守らないといけないということも、もちろん大変なことだろうし、だけど、だからこそやっぱりまた協力性が出てきたっていうかさ、かっこいいこと、いい風に言えばね。カッコつければそういう事で、うーん皆が協力心が出てきたっていうかさ、今はみんな必ず出て協力してくれて、尚更この震災後には、お互い、隣近所気をつけながら、声かけながらやってるということは事実だと思いますよ。
あまり鑑賞しすぎることもあるけど、それで困る時もあるけど、悪く言えばそうなんだけども、良く言えばお互いの家族、家庭を見守るっていうかね。尚更ね、震災後にその気持ちがね、出てきたんだか、なんだか。


インタビュー一覧へ戻る