越田昭江

越田さんは魚や海藻の加工食品の商売をしている。大槌は海鮮が美味しく、わざわざ大槌へ買い物しに来る人もいるという。漁師のみんなも一生懸命 仕事をしていて、生きていくために頑張っているという。

「まあ、海がらあがる、あがる物をみんなそして手作り。だがら知ってる人がここに来れば手作りの物、大槌の物、今もお客さんが大槌の物だから買いたい、欲しいって来てったんです。うん。やっぱりここで獲れたあの、大槌はね、海で津波でこう、津波に災害にあってさ、みんな逆に我々もね、海のありがたさを一番分かった。うん。私はね、あの、やっぱ色々さ、市場こさあの、あれが来んのね。あの、ほら、取材に。そしたらね、あれ一番おかしかったのはね、韓国のね、あのテレビ局が来た時。何したけ言ったと思う(笑)お母さんはこのね、お魚をどう思う。はあ、銭だねって。銭の前に宝の前ですねったって。あっはははってみんな大笑い。なんで笑うんですか。お母さんが宝っていう表現がすごくいいってさ(笑)そうだよね、命の綱だもの。ここで海から物があがんないと、あの、なんの取り得はないよ。今はワカメでしょ。あの、一般、全部。だっ、今、焼き、今私は焼きウニ作ってたんだけども、ウニだよ。ね。そして普段は漁師さん達にがやっぱ養殖してるのに、ホタテやってるし、ホタテが今、ホタテやってるし後は歩様ってあの、ほら、その水槽の中には生きた魚がいて、生きた魚で穫って来る人。そっからタコを穫ってる人。みんなね、それぞれにね、あの、一生懸命だ。それは、生きてくために。でもいかさ、あの、今回はみんな生かされた為って言うな(笑)生かされたから、がんばっぺって、がんばっぺ。

これ、ほらほらほらほら(笑)タコ、うん。みんなの話が聞くってみんなの仲間と入りたいって(笑)」

東谷 寛一&幸子

大槌で漁業をしている東谷さん。
今回の大きな津波のあと、今の海への想いなども聞かせて頂きました。


主人:うん、変わったね。さっきも言ってたように自分の人生が津波でそれこそ流されたし気持ちも流されたし今までやってきた人生が津波でね、それこそ流されたような感じで、破壊されたような感じで。。そしてどうやってまた震災前の形のように復帰できるのかっていう、失望感だけに襲われる。そういう理念、考えだったね。
奥さん:もう元気がなくなって、震災前はね挑戦するっていうかね、そういうのは全然無くなってしまったの。今まではね、歳関係なく仕事をね挑戦するとかねこの地域では本当に挑戦者だったのこの人。私が見ててね。だから次なにやるのかなっていう考え、次何やるのかなってここの地域の人たちもそのように思ってたような人だったのこの人≪主人に対して≫。だけどそれがなくなったの全然もう。津波のあとはね。だからすごく皆流されてしまったんだなあって思ってる。。。。。。

佐野安信  八重子

震災後中型イカ釣り漁船第81明神丸を新しく造り、遠洋漁業を行っている佐野さん。佐野さんが遠洋に出ている間、奥さんは家と家族をしっかり守り、お互い支え合っている様子が伝わってきました。
だから私は言いたいのは、船の船頭と丘の船頭とそんなように思ってましたね。
と奥さんがおっしゃっていたのが印象的でした。

佐野さんは海に出ている分、近年の自然の変化を肌で感じているようです。

「まあ、なんだかんだいって自然には逆らえないからね。竜巻だって、今テレビではすごいやるようだけど。いろんなとこぶつかってったり。」
「今は何て言うんだか、何年か前の津波があって突発的なのが来るよね。昔竜巻ってのもこんなに出なかったのに、今じゃ低気圧が来るたびに出る。』