会見
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小野寺 典子

小野寺さんは3人の子供と旦那さんと暮らしています。幸いに、ご家族とご自宅は震災を免れ、旦那さんは釜石で仕事を続けておられます。今はボランティア活動やNPOでご活躍されている小野寺さんですが、家が残った人と残らなかった人たちに差が出来た事について語ってくれました。「ただただ普通に暮らしたい」と願う小野寺さん、大槌町への思いと私たち生徒が今できる事について語ってくれました。

(ボランティア活動とかに対しての思いって)
いや、本当にありがたいです。最初、何をどうしていいか分からない状態ですよね。そういう時にこう来てもらって手を差し伸べてくれるってか。ありがたいの一言ですかね。

私の所は、家が無事で。でも、坂のその下の方はもう津波かぶってて。で、坂の上、一番上の地の、上の区にちょっと大きな道路があったのでそこに上ればどうにか動ける。でも一応孤立してるような感じだったので。で、家に来る道路もないし。でボランティアさんが来る、でも孤立してるって事でここにこういう人がいるって、最初の方は分からなかったのかな。
最初はその、知り合いの、近所に住んでる方達のつてでこう。近所に住んでる息子さんの会社の人のどうのって、段々こう遠くなるんですけど、その知り合いの方達が何かしたいっていう事で遠い方だけど、来てくれたっていう。だから、家に来たのが2週間目ぐらいが最初かな、うん。よそはちょっと分かんないです。ちょっと、瓦礫がいっぱいあるところには出て行けなかった。亡くなった方達がいっぱいいるんじゃないかっていう事を聞いてたから、行かない方がいいよ、ってウチの主人から言われてて。確かに私も、ね、あの。とにかく水がないからうちの事するのが精一杯だったから外の状況が、情報が全く分からなかったんで。だから家に来たのはその2週間だけど、よそに来たのはちょっと分からないです。

直近の、2ヶ月ぐらい前かな、行った会議ではちょっとガッカリしました。あの、だいたいの復興計画がもうできたのかなっていう。ここがこう、どういう風になるのかな、学校がどういう風になるのかなっていうのを結論聞けると思って聞きに行ったんだけど、まだ結論が出なかったっていうのでちょっとガッカリした事があります。
だからもうちょっと早く、町がどういう風になるのかっていうのを示してもらえればいいんだけど。なんか、指名、せっかく学校がこうここにくるとかっていうのを町が決めた事が、せっかく津波で流れない家を取り壊してそこにこう学校作るために道路を通すとかっていう風な計画になってしまってて。なんか、地域住民の願いが。あでも地域住民の願いを聞く会を開いたみたいなんだけど、その願いが形になってないような気がする。

将来背負ってたくす子供達の学校を早くちゃんとして欲しい事と。大きな病院、入院できる病院が近くにないので。大槌病院、今仮設でやってますけど、入院できるその病院も早くして欲しい。もう、まずそれが第一。

なんか、ね、インターネットで見るともうなんか、忘れ去られてる。色々こう悪く書いてるの見たりするとなんかすごく悲しくなる。忘れないでいて欲しいかな。みんな一生懸命がんばってるんで。
なんだろう。でもこうやってね、来てもらって話を聞いてくれるだけで、心が慰められるっていう事もあるので。物とかそういう事じゃなくて、来て話を聞いてくれるだけでも嬉しいかなって。今はもう瓦礫も片付いたし、家もだいたい直して、あとは仮設からどこかに移るっていう、まず生活はなんとか落ち着いたところで。まだね、家はどこに住むとか決まってない方達もいっぱいあるけど。だけどあの、一年半経って気持ちの方が今落ち込んでる人達が結構あるので。話を聞いてくれるだけで良い場合はすごくあるような気がして。だから何かもしやってもらえるのであれば、話をこう聞いてくれる。もう何を、何かを解決するとかじゃなくてただ聞いてくれるだけでも違うんじゃないかなって思います。

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