会見
コミュニティー, 避難所, 大槌

芳賀 衛

消防団員として、また地域のリーダーとしても活躍した経験から、遺体の身元確認の役割を任されていた。
「俺しかいなかったからって自分で言い聞かせて。知ってる顔だし、特徴も知ってるしな。」
震災直後の、壊滅的な状況の中で現場の責任者として動いていた芳賀さんから、当時の避難所のことなどを伺いました。

「メインになってたのはまあ、吉里吉里小学校の講堂とお寺の吉祥寺。あとはいとこ親戚の方に分散して家族の方に、我々みたいに分散して、とこう3つに分かれたんだな。」

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